【新卒の賃上げを行う企業が急増】注意するポイントとは?
はじめに
- 新卒初任給の引き上げは、すべての学歴で実施されている
- 企業が初任給を引き上げる理由は、人材確保と若手社員の意識変革に対応するため
- 大企業から中小企業まで賃上げの実施は広がり、後押しする税制もある
- 賃上げにはメリットだけでなくデメリットもあるので、正しい理解が必要になる
- 賃上げのデメリットをふまえて、就活時の志望企業選びに注意する
昨今、※春闘の満額回答が相次ぎ、ニュースでも大きく取り上げられています。さらに新卒者の初任給を引き上げる企業も増え、就活生にとっては明るい話題といえるでしょう。しかし、この新卒初任給の引き上げは、本当にメリットがあるのでしょうか。しっかりと見極めるために、ぜひこの記事をお役立てください。
※春闘:春季闘争の略、労働組合が毎年春に行う、賃上げ要求を中心とする闘争
新卒の賃上げ動向
大手企業を中心に、新卒初任給の賃上げが進んでいます。賃上げ平均はどのくらいなのか?学歴によって違いはあるのか?などを詳しく見ていきましょう。
2023年新卒社員の初任給や年収
初任給の引き上げに関する動向については、労働行政研究所が2023年5月に公開した「2023年度 新入社員の初任給調査」で発表されています。東証プライム上場企業157社の速報集計で、70.7%の企業が、全学歴で初任給の引き上げを行ったという結果が出ています。
以下の表は、学歴別の初任給水準と前年度(2022年度)からの上昇額・上昇率を表したものです。全学歴で、4,000円台から8,000円台におよぶ新卒給与の引き上げが生じています。
さらに以下の表は、初任給の改訂状況を表しています。7割以上の企業が引き上げを行っていることがわかります。
参考:労働行政研究所|2023年度 新入社員の初任給調査
そもそも賃上げとは
賃上げと一言でいっても、給料のなかの何が引き上げられるのか、まずは基本から理解しましょう。月給を上げるために以下のような賃上げが行われます。
定期昇給(定昇)
定期昇給は、年齢や勤続年数・仕事の成果に応じて、個人に対して引き上げられる昇給をいいます。年に一度決められた時期(定期)に行われる賃上げで、一時的なものではなく基本給の引き上げが基本となります。
ベースアップ(ベア)
ベースアップとは、企業全体の給与水準を変更することをいいます。全従業員の基本給が引き上げられる可能性があるので、春闘ではこのベースアップが争点です。
厚生労働省の「令和5年民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況を公表します」によると、平均妥協額は11,246円で前年比4,347円増・ベースアップ率は3.60%となり、基本給に大きな上昇があったことがうかがえます。
参考:厚生労働省|令和5年民間主要企業春季賃上げ要求・妥結状況を公表します
その他の賃上げ
上記であげた定期昇給・ベースアップのように基本給にかかわるものではなく、賞与(ボーナス)といった一時金・諸手当などを支給することで実施される賃上げもあります。ランニングコストとなり得る基本給の引き上げではなく、企業の営業成績に応じて金額が変わったり、実施の有無が変更されたりする賃上げともいえます。
企業が新卒の賃上げを行う理由
営業成績もよく利益が上がったため賃上げを行うという図式での賃上げが、最も理想的な形といえます。しかし、そうでない場合にも新卒の初任給を引き上げている企業もあります。詳しい理由を見ていきましょう。
人材を確保するため
理由のひとつは、昨今の深刻な人材不足です。企業にとって人材の確保は最優先事項といえます。少しでも優秀な人材を確保するために、同業他社よりも高い初任給を提示する必要に迫られているのです。将来的にも人材不足が予想され、何としても人材を確保するために、企業が努力している結果といえるでしょう。
若手社員の意識変革に対応するため
若手社員の働き方に対する意識のなかには、スキルアップの機会があり、高収入を得られる企業への転職を柔軟に望む傾向があります。社員教育や育成の充実など社員の定着までをサポートするうえで、給与への変換が有効な手段となるため、初任給の引き上げが行われています。
新卒初任給引き上げを行う企業
それでは、どのような企業や業種が賃上げを行っているのでしょうか。代表的な企業と賃上げを後押しする税制について見ていきましょう。
大手企業が率先して実施
たとえば、KDDIが新たに設定した新卒初任給では、ベース初任給が27万円から28万円へベースアップし、スキル用件に応じて最高34万円の支給を決定しました。
このような大手企業が賃上げに踏み切ったなかには、大企業向け「賃上げ促進税制」があります。
賃上げや人材育成への投資を積極的に実施する企業に対して、雇用者給与等支給額の前年度より増加した額の一定割合を、法人税額または所得税額から控除する
参考:経済産業省|大企業向け「賃上げ促進税制」 御利用ガイドブック
賃上げが進む業種とは
ITや建設業など深刻な人材不足にある業種で、賃上げが進む傾向にあります。しかしウィズコロナに入り社会経済活動が活発になったことや、物価高と円安の影響もあり、業種にかかわらず賃上げが実施されるようになってきました。2024年の春闘では、多くの企業が過去最高の賃上げ額を回答しています。
中小企業の賃上げ実施を後押しする法改訂
中小企業では、賃上げに回せる資金も少なく、賃上げしない・できない企業もあります。原資不足で賃上げ実施の難しい中小企業向けに、中小企業庁は「賃上げ促進税制」を令和6年に改訂しました。
青色申告書を提出している中小企業者等が、一定の要件を満たした上で前年度より給与等の支給額を増加させた場合、その増加額の一部を法人税(個人事業主は所得税)から控除できる制度
これにより、賃上げの実施に踏み出しやすくなったといえます。
参考:中小企業庁|中小企業向け「賃上げ促進税制」
賃上げのメリット・デメリット
企業が賃上げを実施することによって、そこで働く従業員に、どのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。賃上げが及ぼす影響を見ていきましょう。
就職後に期待できるメリット
新卒の初任給を引き上げた企業に就職した場合のメリットから見ていきましょう。賃上げにより給料が上がることで、個人にも企業にも相対的なメリットが生じます。
従業員の生活負担軽減
最初にあげられるのは従業員の生活負担の軽減です。昨今の物価上昇の影響もあり、月々の生活負担額は増加の一途をたどっています。私生活に不安や焦りのある従業員が、業務に集中することは難しい場合もあります。賃上げによる収入増は、生活負担の軽減のみならず、心にゆとりが生まれ業務に集中できるようになるでしょう。
雇用拡大による業務負担軽減
同じ業務内容なら少しでも高い収入を得たいと思うのは人の常です。賃上げにより人材が集まり、戦力の増加をはかれる可能性があります。十分な戦力を配置できれば、一人ひとりにかかる負担も軽減できます。これにより、業務効率がアップしたり品質の向上が望めたりと、企業活動も円滑になり増益を望むことも可能です。
働き方改革につながる
十分な人材が確保できることで、長時間労働ではなく高効率労働へのシフトが可能になります。残業による長時間労働の是正も進むでしょう。また、残業をしなければ望む収入が得られないという、日本の古き給与体系に一石を投じることにもなります。労働者は高効率労働を、企業は労働に見合った報酬の支払いという、双方の意識変革にもつながるでしょう。
デメリットから見る就活生が注意するポイント
新卒初任給の引き上げには、周囲や新卒者本人にとって、好ましくない影響を与えることがあります。
以下のグラフにある、急激な初任給の引き上が起こすデメリットを紹介します。引き上げられた額面に浮かれることなく、冷静に判断するための視点を養いましょう。
参考:労働行政研究所|2023年度 新入社員の初任給調査
人材獲得競争の激化
就活生にとって、売り手市場の就職活動ができる昨今、少しでも条件のよい企業を志望するのは至極当然のことです。逆に企業側は、少しでも優秀な人材を確保するために他社としのぎを削ることになります。
目に見えるメリット(初任給引き上げ)の提案は手っ取り早い施策となり、実際の企業収支の域を超えた、引き上げ競争の可能性もあります。企業が提示する目先の初任給額を見極める必要があるでしょう。
既存社員のモチベーション低下と離職リスク増加
新卒初任給の引き上げは、2年目以降の既存社員との賃金格差を生じる可能性があります。何年も努力して即戦力となった自分よりも、新卒社員の初任給が多ければ、既存社員のモチベーションは下がり、離職へとつながる可能性もあるでしょう。
今は新卒社員でも来年は既存社員となり、同様の思いをする可能性があります。さらに、年齢が近く相談しやすい先輩社員がいなくなり、業務で迷っても解決しづらいという現実が、起こるかもしれません。
原資増加を抑える対策
新卒初任給の引き上げにより生じた、既存社員との賃金格差の是正を求められた場合、企業は賃金形態そのものを変更する必要があります。ベースアップを行う場合も、まかなう原資の増加は必定となり、体力のない企業にとっては大きな課題です。
対策として、月給は上げるがボーナスで調整するといった、年収そのものを抑えることも起こり得ます。上記した定期昇給・ベースアップ・その他の賃上げの、どこを抑えているのかを見極める必要があるでしょう。
賃金形態の変更
年齢や勤続年数に応じて定期的に昇給する年功序列型の賃金形態から、ジョブ型雇用の賃金形態への移行が進んでいます。ジョブ型雇用とは、スキルや職務に応じて報酬が定められた雇用形態です。そのため初任給が高くても、その後にスキルや職務レベルの上昇がなければ、年数を重ねても賃金の増加は見込めません。優秀な人材を適材適所に採用するという企業方針の転換の表れでしょう。
初任給引き上げに惑わされない対策
就活で志望企業を選ぶとき、給与額は大きな要素のひとつでしょう。提示された金額が本当に保証されるものなのか、隠れたデメリットはないかなどを確認する必要があります。そのための対策を紹介します。
企業研究を十分に行う
対策1は、財務諸表を活用して、企業研究をしっかりと行うことです。提示された給与を支払う原資のある企業なのかを知ることができます。
初任給の引き上げに伴い大きな給与形態の変更があった場合、その原資に余力があるのかは、売上の伸び率や収支を確認することで見えてきます。将来性をはかることもできるでしょう。
提示されている賃金の詳細を確認する
対策2は、同業他社と比べて高すぎる初任給の提示には注意が必要です。残業代や深夜労働などがみなし残業代に含まれていたり、賞与といった一時金支給がなかったりします。結果として、年収換算では決して高い給与水準とはいえない場合もあります。また、退職金が減額されている可能性もあり、生涯収入の視点をもって給与額の確認が必要でしょう。
まとめ
初任給の引き上げは、大企業のみならず中小企業にも広がりをみせ、賃上げも含めて収入アップの方向へ進みつつあります。しかし、急激な状況の変化には、さまざまなリスクも隠れており、就活時には冷静な判断が重要となります。メリット・デメリットを正しく理解し、多角的視野をもって状況を把握したうえで、就活を成功させましょう。