ビジネスと人権|企業に求められる取り組みと社会的責任とは?
はじめに
- 企業も人権を守る責任がある
- 事例から企業と人権侵害の関係を理解しよう
- 海外の法制化は日本企業も影響を受ける
- 日本企業の課題とガバナンス強化や情報開示など求められる取り組みがある
- ビジネスパーソン一人ひとりの人権保護意識が重要
ビジネスにおいて人権に関わることとして、ハラスメントや長時間労働・賃金の未払いなどを想像する方は多いでしょう。
しかし、グローバルにビジネスを展開する日本企業にとって、世界視野の人権尊重意識をもつ必要があります。なぜ、企業と人権について理解する必要があるのか、その理由を解説します。
そもそも人権とは
すべての人々が、生命と自由を確保し、幸せな生活をおくれる権利で、生まれながらにもつ人間が人間らしく生きるための権利です。何者もこれを侵害してはいけない権利とも言えます。
この権利を明確化したのが、1948年に国連総会で採択された「世界人権宣言」です。ここにたどり着くまでには大変長い年月を要しました。
先人の努力に感謝して、人権尊重を重視する現代に生きる私たちが、確固たる意識の強化を進めていくことが大切です。
世界で高まる人権への意識
人権侵害に対する対応は強い権力を担う国が行うものとされてきましたが、企業活動がグローバル化する中で、国連は2011年「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、指導原則)を採択し公表しました。
奴隷制や人身売買・児童労働などに反意を感じる人々が増え、世界的な人権保護の意識が高まったことも要因です。
以下の表は、指導原則の国・企業、そして救済の3つの柱についてまとめたものです。国や企業の義務や責任を明確にし、救済のための仕組みや法制化が明記されています。
ビジネスと人権に関する指導原則 3つの柱 | ||
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第一の柱 | 第二の柱 | 第三の柱 |
人権を保護する国家の義務 | 人権を尊重する企業の責任 | 救済へのアクセス |
運用上の原則 | 運用上の原則 | 運用上の原則 |
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企業も人権を守る責任がある
日本企業も世界各国へ進出し企業活動を行っています。輸出入を考えても多くの国々とつながりがあるとわかります。
他の国より遅れましたが日本政府も2020年に「ビジネスと人権に関する行動計画」を策定し、企業も人権を守る責任があることを明確にしました。国と企業が先導して人権保護に動く必要性を説いたのです。
企業の人権意識の必要性
企業の人権尊重意識が低いと多くのリスクを負うことになります。たとえば、従業員の就業環境が悪ければストライキや人材の流失につながり、ステークホルダーからの信用を失えば、訴訟提起や行政罰の賦課の可能性も生じるでしょう。
さらに、SNSの炎上や不買運動によるブランド棄損は、ダイベストメント(株価下落・金融機関や投資家の投資引き上げ)を引き起こし財務リスクに直結します。
このように企業は自社に直接的あるいは間接的に関わるすべての人に対して、人権の尊重と保護する意識をもつ必要があります。
企業が守るべき人権は多い
以下の表は人権リスクにつながる内容をまとめたものです。
さまざまな立場の人々に対し、それぞれ尊重すべき人権があります。ビジネス活動を行う上で、人権侵害につながる事柄は経営リスクに直結する可能性がありますが、企業は、自社内目線からビジネスが人々に及ぼすリスクという広い視点で考える必要があるでしょう。
企業活動における人権に関するリスク | |||||
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賃金の不足・未払い 生活賃金 |
居住移転の自由 | 表現の自由 | |||
過剰・不当な労働時間 | 結社の自由 | 先住民族・地域住民の権利 | |||
労働安全衛生 | 外国人労働者の権利 | 環境・気候変動に関する人権問題 | |||
社会保障を受ける権利 | 児童労働 | 知的財産権 | |||
パワーハラスメント (パワハラ) |
テクノロジー・AIに関する 人権問題 |
賄賂・腐敗 | |||
セクシャルハラスメント (セクハラ) |
プライバシーの権利 | サプライチェーン上の人権問題 | |||
マタニティハラスメント/ パタニティハラスメント |
消費者の安全と知る権利 | 救済へのアクセスする権利 | |||
介護ハラスメント (ケアハラスメント) |
差別 | ||||
強制的な労働 | ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題 |
企業活動における人権に関するリスク | |||
---|---|---|---|
賃金の不足・未払い 生活賃金 |
居住移転の自由 | ||
表現の自由 | 過剰・不当な労働時間 | ||
結社の自由 | 先住民族・地域住民の権利 | ||
労働安全衛生 | 外国人労働者の権利 | ||
環境・気候変動に関する人権問題 | 社会保障を受ける権利 | ||
児童労働 | 知的財産権 | ||
パワーハラスメント (パワハラ) |
テクノロジー・AIに関する 人権問題 |
||
賄賂・腐敗 | セクシャルハラスメント (セクハラ) |
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プライバシーの権利 | サプライチェーン上の人権問題 | ||
マタニティハラスメント/ パタニティハラスメント |
消費者の安全と知る権利 | ||
救済へのアクセスする権利 | 介護ハラスメント (ケアハラスメント) |
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差別 | 強制的な労働 | ||
ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題 |
また、サプライチェーン上の間接的に関わる人々に対しても、人権を尊重する責任があります。
たとえば、下図の生産現場で人権侵害があり問題を生じた場合、そこで生産された品物を利用する自社は、生産現場の体制に対処しなかった責任を負う必要が生じるのです。
サプライチェーンが国境を越える現代、守るべき人権はさらに増加するでしょう。
企業に求められる対応
企業は、自社の労働者を含めたステークホルダーに対して、人権リスクを評価し、そのリスクの高さに応じて対処・検証した情報の公開を行うよう求められます。
そのプロセスをデューデリジェンス(略:DD)と言います。これを経営システムに組み込みサスティナビリティとすることが重要です。
事例から見る 企業と人権
ここからは、実際に企業の人権意識の低さが招いた事例を紹介します。どの事例も日本企業に関わりがあります。
某エンタメ企業の性加害
経営者が労働者に直接行った人権侵害の例です。
長年にわたり性加害を繰り返し多くの被害者が出ました。世界的にも批判を浴び、所属タレントの流失や多くの企業が所属タレントの自社CMや広告への起用契約を解消しました。
この起用契約の解消は、人権侵害を起こした企業と取引することは、人権侵害に荷担していると認識されることを避けた結果と言えます。
ハラスメントも人権侵害の代表的なものです。対処法と救済へのアクセスについても解説しています。ハラスメントとは? 職場での防止対策と受けた時の対処法この記事も参考にしてください。
人種差別と労働環境が起こした暴動
日系自動車企業のインド工場で起こった人種差別の例です。
上司が労働者をカースト名で呼び、差別的発言や暴力的行為を行い、これに対し労働者が暴力を振るったことがきっかけです。
労働者は停職処分・上司は処分無しとなったため、組合側が労働者の処分の取り消しを求めましたが、企業側が拒否しました。
この対応に対して暴動が起こり、この工場は1か月以上の操業停止と死者まで出ています。
インドで根強い差別意識と階級格差を起因とした事例ですが、インド進出を検討する企業にとっては大きなハードルとなりえます。
設備管理を怠ったための自然破壊と人的被害
ナイジェリアでは、長年にわたり原油採掘が行われ、多くの採掘場と輸出用のパイプラインが設置されています。
設備の老朽化や事故により大量の原油の流出が起こり、広範囲の森林や田畑・居住地域が汚染され続けています。
国や石油会社の対応が後手に回り、地域住民の健康被害も生じており深刻な状況です。国や企業の、住民を守るという人権意識の低さが原因と言える事例で、住民が安心して暮らせるまでに、どれだけの時間がかかるのか想像もできません。
人権保護に向け法制化が進む
奴隷制や児童労働などの他にも、企業の人権意識の低さが生じさせた人権侵害の例を見てきました。
こうした現状を解消すべく、世界的には、人権保護に向けた法制化を進める国が増えました。
法制化された内容と、日本に及ぼす影響について詳しく見ていきましょう。
法制化を進める国々
以下は、法制化が進む国々の代表的な例です。
奴隷制の廃止やDDの義務化など自国の企業に対してだけでなく、関連する他国籍の企業へも対応を求めていることが特徴です。サプライチェーン上の一員であるという意識の表れだと言えます。
諸外国の主な人権関連法案 | |||
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国 | 法令 | 制定時期 | 概要 |
イギリス | 現代奴隷法 | 2015年 | 対象:年間売上高が3600万ポンドを超える英国で活動する営利団体・企業(外国企業も対象) 義務:毎年度、自身の事業とサプライチェーン上で奴隷労働や人身取引の発生を防ぐために、当該年度に講じた方策を公表 |
フランス | 企業注意義務法 | 2017年 | 対象:従業員規模5000人以上のフランスに本社を置く企業、または事業所等がフランス国内にあり、国内外で従業員1万人以上を雇用する企業 義務:人権デューデリジェンスに関する計画書の作成と同計画書の実施 |
オーストラリア | 現代奴隷法 | 2018年 | 対象:欧州内で事業を行う企業等(外国企業も対象)で、その傘下にある事業体を含む年間収益1億ドル超の企業 義務:サプライチェーンとそのオペレーションにおける現代的な奴隷制度について調査し、リスク評価の方法とその軽減措置について毎年報告 |
オランダ | 児童労働注意義務法 | 2019年 | 対象:オランダ市場に製品やサービスを提供・販売する全企業(外国企業も対象) 義務:児童労働を防止するために、適切なレベルのサプライチェーン上のデューデリジェンスを行ったことを示す、表明文を提出 |
ドイツ | サプライチェーン・デューデリジェンス法 | 2021年 | 対象:2023年1月1日より従業員3000人以上のドイツ国内の企業(外国企業も対象) 義務:間接的な取引先も含め自社のサプライチェーンに関わる国内外すべての企業が、人権や環境をリスクにさらさないよう注意を課す |
グローバル化により日本の受ける影響
奴隷制や児童労働などは、日本人にとって他国の話という印象をもつでしょうが、決してそうではありません。
世界各国と関係性をもちながら企業活動を行っている日本企業にとって、関係国の法律や意識の変化に敏感である必要があります。
先述したエンタメ企業の性加害事件は世界中から批判を浴びました。日本人の人権意識の低さが露見したと捉えられるのです。
さらにSDGsの観点からも、人権保護に対する意識を強くもち、企業活動を行う必要があります。
日本企業の課題と求められる取り組み
海外と取引のある企業は、大企業のみならず中小企業も人権保護の意識をもち対応に取り組む企業が多いです。
しかし、直接関係の無い企業はその重要性に気づいていない場合があります。直接的だけでなく、間接的に関係のある企業も視野に入れると、身近な問題になる可能性があります。
以下では、求められる取り組みについて見ていきましょう。
現代の企業には、人権意識以外にも意識すべきことが多くあります。その中の一つが、社会的存在意義をもった、企業経営を表すパーパス経営です。パーパス経営とは?社会的な存在意義を持つ新時代の企業経営。こちらに記事に詳しく解説していますので、参考にしてください。
社内取り組み
社内では、まず労働者の人権を尊重することが重要です。適切な就労時間や賃金の支払い・ハラスメントの防止対策・救済窓口の設置や提案など、精神的にも身体的にも苦痛を受けずに働ける環境を整える必要があります。
さらに、日本で就労している外国籍の人々も増えています。性別やハラスメントのみではなく、国籍・人種・宗教などさまざまな人権への取り組みが必要と言えるでしょう。
ステークホルダーへの取り組み
ステークホルダーには、投資家や金融機関など資金提供に関わるなど、自社の利益に直結する人々が含まれます。ステークホルダーに対しては、ガバナンスの強化や迅速な情報開示などにより、継続的に信用を得る取り組みが求められます。これらは、環境や社会の持続可能性の確保を目的とするESG対策にもつながるでしょう。
ガバナンスと似た言葉にコンプライアンスがあります。こちらもステークホルダーへの取り組みに重要な意味をもちますので、コンプライアンスとは?意味やリスク、対策をわかりやすく解説の記事をお役立てください。
サプライチェーンへの取り組み
商材の調達先や輸出入・運搬など流通過程・販売などに関わる人々へも、ステークホルダーと同様の責任を負う必要があります。さらに、相手側の人権侵害へも適切な対応が求められます。サプライチェーン上のDDをしっかり行うことで、自社およびステークホルダーの保護へもつながるでしょう。
こちらの記事では、サプライチェーンについて詳しく解説しています。参考にしてください。
サプライチェーンとは?社会人が知っておきたい知識を簡単に解説
ビジネスパーソンの取り組み
ビジネス活動の中で人権を尊重することは、企業の努力だけでは成しえません。そこで働く個々人が、それぞれに人権尊重の意識をもち、取り組みを行う必要があります。
パワハラや人種・宗教などへの配慮や対応は個人が率先してできる人権保護のひとつと言えます。
さらに、企業に所属する一員として広い視野をもつことも重要です。人権尊重はビジネスパーソンの心得のひとつと認識しましょう。
人権保護をビジネスに活かすために
国・企業・ビジネスパーソンがそれぞれ人権保護の意識をもって企業活動を行うことが重要です。かりに人権侵害が起こった場合も、速やかな情報公開と真摯な対応が望まれます。
地域によっては根強い人権侵害や差別が残るところもあります。グローバル社会で生きていくためには、それらの情報を収集し、適切な対応をすることが重要です。この記事に記載した人権保護の意識を参考に、ビジネスに活かしていきましょう。
まとめ
就活の際には、志望企業で自分ができること・やりたいことを優先して考えがちです。
しかし、これからは志望企業が掲げるコンプライアンス意識・ガバナンス・そして人権保護の意識を、自分のここと捉えられること・尊重できることも重要なポイントです。
IT化により、さらに世界は近くなり、企業活動における人権尊重はますます重要になっていくでしょう。