はじめに
少子高齢化が進み、さまざまな業界で人材不足が叫ばれるいま、高齢者も貴重な人材となっています。また「人生100年時代」ともいわれ、年を重ねてもできる限り働き続けたいと考える人の割合も高くなっています。そのような状況で、高齢者雇用を促進するために定められているのが高年齢者雇用安定法です。本記事では、同法の概要や改正していくなかで企業が押さえておくべきポイント、さらに人事や総務担当者がこれから整備していかなければならない7つの対策についてわかりやすく解説します。
高齢者雇用安定法とは
高齢者雇用安定法とは、高齢者雇用の促進を主な目的として制定された法律です。同法が誕生したのは1971年と古く、もともとは「中高齢者等の雇用の促進に関する特別措置法」として制定されました。その後、1986年に現在の名称である高齢者雇用安定法に変更されています。
なお、この法律は2013年と2021年に改正法が施行されています。現在、日本では少子高齢化にともなう労働人口の減少が社会問題となっていますが、改正を進めていた2012年時点においてもその兆しが見えていました。国はこの先、労働人口がますます減少していくと予測し、労働力の確保を目的に改正を重ねています。
高年齢者雇用安定法の改正ポイント
現行の改正法について、押さえておきたいポイントは3つです。加えて、継続雇用制度の対象者に対する経過措置が2025年3月末で終了することによって、今後変化する点についても理解を深めておく必要があります。
70歳までの就業機会の確保(努力義務)の新設
2021年の改正では、65歳から70歳までの就労機会を創出するために「高年齢者就業確保措置」が設けられました。具体的な内容は以下のとおりです。
- ・定年を70歳まで引き上げる
- ・定年制を廃止する
- ・再雇用制度や勤務延長制度など、70歳まで継続して働ける雇用制度を導入する
- ・継続的に70歳まで業務委託契約を締結できる制度を導入する
- ・継続的に70歳まで以下の事業へ従事できる制度を導入する
- a.事業主自ら実施する社会貢献事業
- b.事業主が資金提供や委託している団体による社会貢献事業
企業は、上記5つのうちいずれかの措置を講じるよう努めなくてはなりません。ただし、あくまで努力義務であるため、措置を講じなかった場合に罰則の対象となることはありません。
65歳までの雇用確保(義務)は継続
2013年の改正で「60歳未満の定年禁止」「65歳までの雇用確保措置(雇用を確保する義務)」が規定され、2021年に改正法が施行されたあとも同様に義務付けられています。
2013年に行われた法改正の際、継続雇用制度における段階的な適用年齢の引き上げを経過措置として定めていました。この経過措置が2025年3月31日で終了するため、同年4月から、企業は65歳まで働きたいと希望するすべての従業員に対して、雇用確保の義務が発生します。
努力義務の対象となる事業主
高年齢者就業確保措置のように、70歳まで雇用できるよう体制づくりを求められる「努力義務」の対象となるのは、65歳以上70歳未満を定年と定めている事業主、ならびに65歳までの継続雇用制度を導入している事業主です。もともと、70歳以上を定年として定めている事業主は対象外となっています。
高年齢者雇用安定法が企業に与える影響
高齢者雇用の促進が企業に与える影響はさまざまです。また、企業規模や業種などあらゆる要素によっても異なってくると考えられます。ここでは多くの企業に共通して関わってくる3つの影響について取り上げます。
人材不足の解消
日本の少子高齢化による人口減少は年々進んでおり、大きな社会問題となっています。昨今、労働人口の減少が顕著になる「2040年問題」という言葉を耳にすることも増えていますが、現状においても慢性的な人手不足に悩まされている企業は数多く存在します。
ここで高年齢者雇用安定法にもとづき、70歳までの就業機会確保措置を講ずれば、労働に従事する年齢層の幅が広がり、人手不足の解消につながります。高齢の方はさまざまな経験を積んでおり、優れた技術やノウハウを有する方も少なくありません。人手不足を解消できるだけでなく、即戦力として活躍してもらえる優秀な人材を確保できる点がメリットです。
また、働きやすい職場環境の構築にもつながります。高齢の方が、安全かつのびのびと働くためには、職場環境の整備が欠かせません。自然と従業員が快適かつ安全に働ける職場環境が整い、定着率アップにもつながると考えられます。
ハローワークから指導を受ける可能性
ハローワークは、厚生労働省の下部組織である都道府県労働局、職業安定部に属する機関です。求職者を対象とした職業の紹介や職業相談への対応だけに留まらず、失業の認定や失業給付の支給といった雇用保険・求職者支援も行っています。
もうひとつの重要な業務が雇用対策です。ハローワークでは、障害者雇用率達成指導や雇用管理改善支援のほか、高年齢者雇用確保措置導入指導も行っています。そのため、70歳までの安定した就業機会確保が必要だと判断した企業に対しては、法にもとづきハローワークが指導や助言を行うことがあります。
それゆえに企業への影響として、今後ハローワークから指導を受ける可能性が出てきます。指導があった場合には、速やかに適切な対処をしなくてはなりません。指導後に改善が見られない場合、高年齢者雇用確保措置を講ずべき旨や、高年齢者就業確保措置の実施に関する計画作成の勧告を受けるおそれもあり、注意しておかなければなりません。
人件費の増加
高齢者の採用は、企業にとって人手不足の解決につながる一手であることは違いありません。しかし、雇用継続希望者の雇用は、人件費増加という負の影響をもたらすことが予想されます。
営利を目的とした組織運営において、人件費はもっとも多くのウエイトを占めるコストです。対価に見合った活躍をしてくれる人材なら、企業にとって大きなメリットですが、そうでない場合にはコストだけがかさんでしまうおそれがあります。
そのため、雇用の際には人材としてのスキルや経験などを十分に考慮する必要があります。そのうえで、本人のパフォーマンスを最大限発揮できる部署、ポジションへ配置できれば、人件費増加のデメリットを補って、生産性向上や売上増などのメリットを得られます
ただし、スキルや経験を考慮したうえでの配置だとしても、高齢であることへの一定の配慮が要ります。高齢者のなかには、体力や集中力が低下している方もいると考えられるため、労災のリスクも高まります。スキルや経験だけでなく、現在の体力や集中力、認知能力なども加味したうえで、適材適所な人材配置について考えていくのが理想的です。
人件費増加対策のための助成金制度
国は、65歳以上への定年引上げや高齢者の雇用管理制度の整備、有期契約労働者の無期雇用への転換を行う事業主を助成する目的で、「65歳超雇用推進助成金」を設けています。65歳超雇用推進助成金は「65歳超継続雇用促進コース」「高年齢者評価制度等雇用管理改善コース」「高年齢者無期雇用転換コース」の3つのコースから構成されています。先述した人件費増加を懸念する事業主は、目的に応じたコースを選択し、人件費を抑制することが可能です。
65歳超継続雇用促進コース
定年を65歳以上へ引き上げている、あるいは定年を廃止している事業主を対象に助成金を給付するコースです。また、他社による継続雇用制度の導入や、希望者全員を対象とした66歳以上の継続雇用制度導入をしている事業主も対象となります。
助成金を受け取るには、所定の申請書類に必要事項を記入したうえで、「高齢・障害・求職者雇用支援機構」の窓口へ提出します。なお、制度実施の翌月から起算して4か月以内の各月の月はじめから15日までに申請する必要があります。
高年齢者無期雇用転換コース
有期契約を交わしている50歳以上定年未満の労働者を、無期雇用に転換した事業主を対象に助成金を支給するコースです。支給要件として、無期雇用転換計画を作成したうえで、高齢・障害・求職者雇用支援機構の理事長から認定を受けること、計画にもとづき転換計画を実施することが定められています。
支給額は、対象となる従業員1人あたり30万円、中小企業事業主以外には23万円です。申請は、無期雇用転換計画書と必要書類をあわせて、上記機構へ提出します。期限は、計画開始日の6か月前から3か月前の日までです。
高年齢者評価制度等雇用管理改善コース
雇用管理整備計画作成および、高齢者雇用管理整備に向けた取り組みの実施を行った事業者を対象とするコースです。高齢者雇用管理整備とは、新たな評価体制や健康診断制度の導入、能力開発制度の構築などがあげられます。
申請するには、雇用管理整備計画書と事業内容を示す書類を2部、就業規則等の写しを2部提出します。このほか、雇用保険適用事業所設置届事業主控の写しや旧就業規則に関する申立書、支給要件確認申立書、経費に係る積算根拠資料など、取り組み内容が証明できるものが必要です。
高年齢者雇用安定法改正で企業(人事・総務)がとるべき対策
法改正ならびに2025年4月から65歳までの雇用確保の義務化を受けて、人事・総務担当者が講じるべき対策は以下の7つです。それぞれの項目について詳しく解説します。
- 1.どの措置を実施するかについての検討
- 2.措置の対象者を設定
- 3.就業規則の変更
- 4.賃金や労働条件の見直し
- 5.事故防止のため研修を実施
- 6.労働災害対策の実施
- 7.年齢者が離職する際の処遇確認
対策と同時に、複雑化が予想される勤怠管理や給与計算などに対する管理方法のブラッシュアップやデジタル化の強化への取り組みも進めていかなければなりません。
どの措置を実施するか検討する
高年齢者就業確保措置の5つのうち、どの措置を実施するのかを決めます。もちろん、企業側だけで検討するのではなく、対象となる従業員の希望をヒアリングしつつ検討する必要があります。なお、実施する措置はひとつに限定されないため、複数の措置を実施して70歳までの雇用確保に努めるのも可能です。
業務委託契約の締結を前提とした、創業支援等措置を実施するのなら、具体的な計画を作成しなくてはなりません。そのうえで、労働組合か労働者の過半数を代表する者に同意を得る必要があります。
措置の対象者を設定する
65歳までの雇用確保措置は、全従業員が対象です。これに対して高年齢者就業確保措置は努力義務であり、企業側が対象者の範囲を設定できます。ただし、性別を限定することや上司の推薦の有無で判断するなど、趣旨から外れる選択方法は選べません。法律や就業規則に則ったかたちで対象者を設定して、さらに労働組合と十分に協議を行い、過半数からの同意を得るのが望ましいとされています。
就業規則を変更する
高年齢者就業確保措置の導入にともない、就業規則の見直しも進めます。労働基準法では、常時10人以上の従業員がいる事業場は、就業規則を作成しなくてはならないと定められています。作成の対象なのに怠った場合は違法と判断され、30万円以下の罰金が科されるおそれがあります。
たとえば、定年制を廃止するのならその旨を明記しましょう。また、すべての希望者を65歳まで雇用するのなら、「本人の希望があれば、65歳まで継続雇用する」のように記載します。
就業規則の内容に変更を加えた場合は、就業規則変更届を作成して、所轄の労働基準監督署へ提出しなくてはなりません。提出方法は窓口へ持参するほか、郵送でも可能です。
賃金や労働条件の見直しをする
従来と同じ賃金体系や雇用条件のまま就業してもらうのかについて、社内での検討が必要です。具体的に決めておかなければならないのは給与額や業務内容、雇用形態、勤務日数、退職金の支払いタイミングなどです。これらの変更には、慎重に取り組みましょう。とくに賃金については、本人の年齢だけでなくスキルや経験など、トータルで判断する必要があります。
加えて、その他の従業員が、納得できる賃金や労働条件を設定するのも大切なポイントです。賃金面や条件面があまりにも優遇されていると、従業員からの反発が起こりかねません。社内に不和を招くだけでなく、従業員のモチベーション低下や離職につながるおそれもあります。
反対に、高齢労働者の賃金を大幅に下げてしまうのも要注意です。高齢労働者のモチベーションやパフォーマンスの低下につながります。
事故防止のため研修を実施する
通常、加齢にともない身体能力が低下します。身体機能の低下が原因で、業務中の事故が発生しないとも限らないため、企業には高齢労働者が安全に働けるよう適切な対策が求められます。
対策の一環として、研修の実施が欠かせません。たとえば、健康を維持するための生活習慣や、より安全に業務へ取り組むための知識を伝える研修です。
従来と異なり、新たな業務に従事してもらうのなら、それにともなう研修も必要です。これまで携わったことのない業務に従事するとなると、新たな知識やスキルを習得する必要もあります。業務の品質にも関わってくるため、適切な研修を実施するようにしてください。
近年、シニア層を対象としたさまざまな研修が実施されています。たとえば、モチベーションアップ研修やマインドアップ研修、シニアマネジメント研修などがあげられます 。こういった、既存のシニア向け研修を受講してもらうことも有益です。
労働災害対策を実施する
従業員が安全かつ安心して働ける職場環境を構築するのは、企業の課せられた責任です。従業員を雇用するすべての企業は、徹底した労働災害対策に取り組み、従業員の安全を確保しなくてはなりません。
労災の発生は、何としても阻止すべき事態です。業務中に従業員が怪我をしてしまうと、貴重な戦力の離脱を招くだけでなく、「働くのに危険な企業」とのレッテルを貼られかねません。高齢労働者は、体力や集中力などが低下している方もいるため、労災の発生リスクも高まります。そのため、企業にはよりいっそう徹底した労災対策が求められます。
具体的な取り組みとして、危険箇所の改善があげられます。たとえば、転落のリスクがある場所に堅牢な手すりを設ける、曲がり角で衝突しないよう小型のカーブミラーを設置するなどです。従業員からもヒアリングしつつ危険箇所をピックアップし、適宜改善に努めましょう。
また、労災対策の一環として健康診断や体力チェックを実施するのもオススメです。健康診断で高齢労働者の健康状態をあらかじめ把握しておけば、それを踏まえて業務を割り当てられます。
高年齢者が離職する際の処遇を確認する
高齢労働者が離職する際には、再就職援助措置を講ずるよう努めなくてはなりません。あくまで再就職を希望するケースに限られるものの、対象者には求職活動への経済的支援をはじめ、求人情報の収集や提供、再就職に役立つ教育訓練の実施、受講のあっせんなどの措置が求められます。
ただし、上記に関してはあくまで努力義務であるため、企業が必ず果たさなくてはならない措置ではありません。一方、1か月以内に5人以上の従業員(45歳以上70歳未満)が離職するケースでは、離職者数の情報をハローワークに届け出る義務があります。怠るとペナルティの対象となるため注意が必要です。
もうひとつの義務が、求職活動支援書の作成および交付です。企業は離職する高齢労働者が望んだ場合、必要事項が記載された求職活動支援書を作成し、本人に交付しなくてはなりません。なお、法改正によって再就職援助措置の対象となる範囲が拡大し「65歳以上70歳未満で離職する者」が加えられています。
まとめ
少子高齢化の進行と人生100年時代の到来に伴い、日本では高齢者も貴重な労働力として位置づけられています。1971年に高年齢者雇用安定法が制定され、その後複数回の改正が行われており、最近では2021年に改正が施行されました。改正の主な内容は、60歳未満での定年設定禁止と65歳までの雇用確保義務、70歳までの就業機会確保に向けた努力義務の新設です。これにより、企業は65歳までの雇用を保証し、可能な限り70歳まで雇用機会を提供するよう努める必要があります。
今後も労働力不足は問題になってくると予想され、またそれにあわせて多種多様な働き方が定着するのにともない、法改正も引き続き行われていくと考えられます。人事労務に関連する法律は頻繁に改正されるため、将来的な改正に対応しやすい人事システムの導入がオススメです。統合人事システム『COMPANY(R)』は法改正にあわせて定期的なアップデートが行われています。WHIとソリューションパートナーのセラクグループでは、『COMPANY(R)』の導入・定着サポートから、運用人材の継続的な派遣まで、さまざまな支援を行っています。お悩みがございましたらぜひご相談ください。